こまどりロビン教育科

中学・高校の教育関係を中心に、実感と事例を挙げながら書いていきます

教育業界のリベラルとグローバルはどこへ行く

トランプが大統領に選ばれたことは、反グローバル・反リベラルの象徴だと言われているが、これは少なからず日本の教育業界にも影響を与えそうだなと、生まれて初めてぐらいアメリカ大統領選を他人事ではなく「じぶん事」として見ている。

教育業界に立ちおこるつむじ風

欧米で立ちおこったリベラルの竜巻は日本にも吹き付け、難民問題をもっと学ばせろとか、LGBT問題を抱える生徒に丁寧に対応しろとか、そんな小さなつむじ風を教育業界にも運んできた。

だが実際のところ、この業界は業務過多であることが叫ばれて久しい。

新聞屋には「教育環境の中でこんなに恵まれない人がいるんです」と片っ端から報道された結果、人間社会の生きる困難を詰め合わせパックにしたような種々の対応に対して全方位的に適切に対応することを求められるようになり、もちろん人員は増えず、どこの現場もオーバーヒート寸前となっている。

リベラル思想が台頭する限り、この負荷が増し続けるのは明白だ。

これはまさにアメリカでトランプが大統領に選ばれた背景と同じ構図であるように思う。マイノリティー優遇の結果、想定以上に抑圧されたと感じている人が増えているのだろう。アメリカが反リベラルに動いたいま、日本の教育業界はこのあおりをどの方向に受けるのか、かなり気になるところである。

グローバル教育の行く先は

「グローバルスタディー」と称される教育改革の動きはここ2~3年で劇的に流行し、今や私立学校のホームページで「グローバル」という単語を見ない方が珍しいぐらいになってしまった。

しかしアメリカにおけるグローバル化の向かう先と、日本の教育業界が志向するグローバル化は、ちょっと違うような気もしているので、アメリカが反グローバルに舵を切ったからと言って、日本のグローバル教育が方向転換を余儀なくされるかというと、そうとも思えない。というのも日本の教育業界における「グローバル化」は、アジア地域における日本の台頭が主眼にあるような気がしているからだ。

文部科学省が推進している「SGH(スーパーグローバルハイスクール)」施策における採択校の研究プランを見ていると、アジア・オセアニア地域との連携がかなり多いように見える。

もちろん、欧米圏に行くのにはお金がかかるとか東南アジアの方がプランを立てやすい種々の事情もあると思うけれど、僕にはなんとなく国家の将来的な外交方針がふんわりと反映されているように感じる。日本をリーダーとする「大東亜共栄圏」のようなものを構築することをグローバル化の主な成果として見ているのではないか、というような。

 これはトランプの訴える「日本の自立」にもちょっと近いので、トランプが選ばれたことによりこの流れが滞ることは無いのかな、という気がする。

都内の伝統校の動きは

別件だけど、もうひとつ個人的には、都内の伝統私立校がこのグローバル教育の流れにどのタイミングでどれだけ乗って来るのかも気になっている。

どの学校も自分たちの教育の伝統とカリキュラムに自信を持っていて、流行りのグローバル教育に頼らなくても望む人材を育成できるという気概があるだろう。しかし、旧制中学の誇りだけを引きずって凋落した伝統校の前例は数知れない。

どの学年で何をやるのか、どの国を選ぶのか。私学の伝統を支えてその学校の選択をよく注視していきたいなと思っている。